あらかき

躁鬱の即席遺書

4月

 エイプリルフールが来た。4月1日は僕の兄、平沢進CCさくら木之本桜の誕生日。CCさくら平沢進も面白いのでみんな聴いてみてね。ほんとに面白いので。

 

僕はエイプリルフールに嘘をつきたくないタチなのだ。天邪鬼と言えばそれで全て片付くのだが、それだけだと寂しい。そこでその訳を適当に掘り下げることにした。なんでだろうね。なんとなくそれかと思う節があった。こう、嘘をついても良いですよって用意された日に嘘をつくのは、つまらないと感じてるのかもしれない。理由は、ない。あってたまるか。あったとしてもつまらない理由にきまってる。そもそも好き好んで嘘をつこうとする好奇心が何故だか湧かない。エイプリルフールもその程度の魅力なのだ。

 

4月はなんだかんだで忙しい上に疲れる。新学期が始まり、顔も名前も知らない連中と、狭い部屋で、1年仲良くしてください、なんて言われるのがとてもストレスを感じる。そんなこと言ったら最後の3月まで変わらずストレスを感じるわけだ。やれやれ。おまけに今年は3学年。受験生ときた。面倒で仕方がない。もう少し羽を休ませたかった。何故10代、こうも焦る。日本は早熟しすぎなのではないのか?人格や学というものは、長い年月かけて基礎、応用を養うべきだろう。いわば、基盤というものは短い期間では脆いわけだ。僕の経験上そうだ。勉強だって復習しないと忘れてしまうし、人間関係も長い年月かけて築き上げるものである。それが人の醍醐味だろうに。人間50年の世ではないのだ。もっと気楽に行きたいものだ。

 

 また、春は別れの季節でもある。僕のバイト先でも、どんどん辞めていってしまった。お陰で僕の出勤日が増えてしまった。やれやれ。お金は足りてるつもりだったのだが。上記の通り僕は受験生である。身体、持つかな?僕は体力はないが、変に真面目なので、忍耐力と責任感と理性だけは一人前なのだ。精神が壊れてしまいそうな気もする。少なくとも、忙しすぎて恋愛はできないな。最も僕の恋愛は恋愛と呼べる代物は殆ど無かった。性欲が詩的表現を得ることは僅か2回程だった。今までの恋愛は性欲故に行動していただけど、思い知らされた事件の一つである。

 

 4月、やはり気怠く、退屈で忙しい時期ではあるが、NHKEテレで、CCさくらCC編が再放送らしいので、春はこれで乗り切ろうと思う。 ありがとう、さくら。木之本桜、誕生日おめでとう。